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1690年代、ヤーコブ・アマンの改革で始まったプロテスタントの再洗礼派(幼児洗礼に反対し、大人になってからもう一度洗礼を受けた人々)の一派。その厳しい信条ゆえに激しい迫害を受け、ヨーロッパを追われて自由の国アメリカにゆきつく。彼らは「従順」「謙虚」「質素」を自らの生き方の基本とし、その生活には電気も水道もテレビも電話も自動車もなく、質素な服装をするなど、厳しい規律を守って一種独特の文化を形成している。今世紀初めには5000人だったアーミッシュも現在では125,000人になり、ペンシルベニア州のランカスターを中心にアメリカとカナダ、南米・中米にも20ほどのグループが存在している。
・基本的な考え方 アーミッシュの人たちがそんな変わった暮らしをしているのは、信仰に理由があります。当時の腐敗した、形式的・儀式的な宗教への批判から生まれた宗派なので、 形式に気をとられるよりも、日常の生活で実践することが信仰だという考えから、教会の建物も、聖歌隊も祭壇もステンドグラスもなく、専任の牧師ももちません。教義や儀式・聖なる品々といったものにもとらわれません。多くの人が、日曜の朝だけ信仰の生活をして、一歩教会から出たら信仰と無関係の生活を送る、ということになりがちですが、アーミッシュにとっては信仰は生活の隅々までゆきわたり、それが質素な服を身にまとうこと、隣人の納屋を建てること、友人のためにパイを焼くこと、などのひとつひとつの行動に表現されているのです。彼らは従順、謙虚、質素という徳を重んじますが、それは 「クリスチャンはキリストの人格の模範にならうべき」という思想を持っているからです。穏やかで控えめな人柄がよいとされ、忍耐、待つこと、他人に折れて従うことが成熟した人格のしるしです。彼らは決して暴力に訴えることなく、訴訟を起こしたり軍隊に入隊することを拒否します。現代人が個人の権利を求め、競争に勝つこと、自己の望みを果たすこと、すなわち「個を見出すこと」に熱心なのに対し、アーミッシュは自己を棄て去り共同体のために生きようとします。・厳しい生活規則 こうした信仰をもとにして、彼らの生活の細かいルールがあります。鏡を見ること、化粧、派手な色の服や流行の服を着たり美容院へ行ったり写真を撮ったりすることは 虚栄心の現れとして禁止。楽器を弾いたり独唱したり、自分の名前を入れて出版したり、また自己の栄光を求めてよい説教をしようと下準備をしたりすることもしません。また余計な知識は人間を傲慢にするものであるとして、高等教育も受けません。何か人に誇れるようなものを持とうとする多くの現代人に対し、アーミッシュは何も誇るべきものを持つまいとするのです。そして朝早く起きて勤勉に働き、自分のためでなく周囲の人々に役立つようにおのが務めを静かに果たす生活を続けます。・繁栄するアーミッシュ このような厳しいきまりにも関わらず、アーミッシュの共同体は栄えています。彼らは積極的に外部の人に伝道したり改宗させたりはしませんが、現代的な医療を受けずバースコントロールも禁止されているので一家庭平均8〜10人の子供を産み育てます。死産なども含め6.6人の子供がいますが、80%が同じ共同体にとどまるといいます。それは小さな教区の中でお互いが同じ信仰をもって家族のように結びつき、助け合って暮らしているからで、社会の隙間に落ちて誰にも知られずに孤独を深めてゆくといった現代人の孤独とは無縁だからです。彼らには犯罪も家庭内暴力も援助交際も親子の断絶もありません。個人の自由を捨てる代わりに、暖かい雰囲気の安心できる居場所と確固たる民族的アイデンティティーを得ているのです。 |
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『アーミッシュの人びと』(池田智著/サイマル出版会/1600円) ↑クリックすると感想文が出ます 著者は玉川大学の教授で、アーミッシュの歴史、文化と価値観を紹介し、彼らのライフスタイルが現代人にとってどんな意味を持つかを語っています。 『アーミッシュの贈り物』(ジョセフ・リー・ダンクル著/主婦の友社/1300円) アーミッシュの四季折々の生活を紹介し、まるで「大草原の小さな家」のような古きよきアメリカの食生活、手芸、行事などにも触れています。 『アーミッシュカントリークッキング』(ジャパンクッキングセンター(辻学園出版事業部)/1748円) アーミッシュの素朴でおいしい伝統的な料理を厳選して紹介。他にもアーミッシュの詩、格言などが盛り込まれ、優しい風合いの挿し絵と共にとても素敵な本になっています。 『アーミッシュに生まれてよかった(原題: Proud To Be Amish』池田智訳/評論社)アーミッシュに生まれた少女の書いたもの。パンプキンは未読(^^; 『アーミッシュ研究』(坂井信生/教文館) パンプキン未読。 『 The Puzzles of Amish Life』by Donald B.Kraybill『 The Riddle of Amish Culture』by Donald B.Kraybill上の二冊は社会学者クレイビルが書いているもので、パンプキンが参考にしてます。その他海外では大量な出版物が出ています。 |
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アーミッシュの人々の生活にはとっても引き付けられるものがあります。信仰とは人に見せたり語ったりするものではなく、静かに日々の生活の中にしみ渡らせ、実践するものであること。キリストの人格を模範とし、少しでも近づこうと自分を磨くこと。そういう真摯な姿勢にはとても好感が持てるというか、自分の信仰の歩みを反省させられます。 アーミッシュの人たちの考え方は、現代人にとって(もちろん私自身にとっても)非常に考えさせられる、意義あるものだと思います。メディアの発達によって一億総目立とう精神となり、日常でも常に人に見られる自分を演技し、何が本当の自分だかわからなくなっている時代。何か人より秀でようと、優れたものを身につけようと、受験であれ会社であれ、効率・能力第一主義で、すべては競争であるような社会。その中で、人に見られようとしないこと、何か誇れるようなものを持とうとしないこと、人より卓越しないことを求め、速いことよりもゆっくりなことの方に価値を見出している人たちの価値観はまっこうから対立し、本当に大切なものはなんなのか、豊かさとはなんなのかということを問い掛けてくれます。 彼らは知識も才能も技術も、自分が所有するために磨くのではないのです。すべては他人に役立てるため、隣人に益するためです。この 「役立ち」の思想はスウェーデンボルグの神学のキーワードでもあるのですが、私などもよく、教会で「なんのために行うのか、よく点検しなさい」とお話を聞いて、つっぱしっている自分に歯止めをかけます。 (^^;やはり、自分のために知識を所有する喜びの誘惑というのは大きいもの。英語とかでもそうですが、ほっとけばけっこうとことん努力してしまう方だと思います。でもそれでなんになるのか。と考えると、これじゃいけないな〜、と我にかえったりして。 アーミッシュの厳しい規則は、そういう人間の性(さが)を知りつくしてるような気がします。本当は、そういう風に、すべてを手放す方向に生きた方が、実は一番自由なんじゃないかっていう気がします。成績だって、トップの人とビリの人じゃ、そりゃ一時的にはトップになって嬉しいかもしれないけど、ビリの人の方が気楽だもんね(笑) 「貧しい者は幸いです」という聖書の言葉通りに、彼らは実践しているんだな〜、と思うことでした。 |
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