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エマヌエル・スウェーデンボルグ

長いのでよろしければ目次を使ってください(^^;

エマヌエル・スウェーデンボルグ(1688〜1772)

スウェーデンボルグの思想

パンプキンの感想

スウェーデンボルグ関連図書

スウェーデンボルグ(上級編)に進む少し修正

パンプキンがスウェーデンボルグ派になったわけ(個人的な証)

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エマヌエル・スウェーデンボルグ(1688〜1772)

科学者スウェーデンボルグ

キリスト教神秘主義最大の思想家であり、スウェーデンの最高、最大の学者でもある。ウプサラ大の神学教授の息子としてストックホルムに生まれ、84年の生涯の前半を科学者、後半を神学者として過ごす。

科学者としての才能は豊かで、天文学・機械工学・数学・宇宙論・解剖学・生理学・鉱山学など多方面の分野で先駆的な研究をし、当時としては驚くべき先見性を有した発見の数々がある。本職は鉱物学者でスウェーデン鉱山局に籍を置き30年弱勤務、研究をする。

神学者への転向

52歳ごろから幻視体験をいくどとなく体験するようになり、1745年4月、ロンドンでキリストの幻視を体験する。キリストが現れ、「人々に聖書の霊的内容を啓示するためにあなたを選びました。この主題に関して何を書くべきかを示しましょう」と語った。それ以来彼は霊界の探訪者・神秘主義者へと転身し、一切の世俗的な著作活動を放棄して霊的な研究へと進み、霊界探訪に基づく膨大な量の神学的著作を残す。

神学者への転向は彼の科学者としての名声を曇らせるものであったことは間違いない。転向後の彼を精神的な病にかかったものと見る人もいるが、霊界探訪に基づく膨大な著作には終始科学者としての理性的で冷静な目が貫かれ、緻密な整合性が見られる。カントが「それが霊界についてであるという点を除けば、これ以上理性的な本はないくらいである」と述べたほど、その内容からうかがえる著者の精神は健全そのものである。83歳で、予告通りの日にこの世を去る。

スウェーデンボルグが影響を与えた人々

スウェーデンボルグについてはその巨人的な才能や霊界探訪者としての側面ばかりが強調されがちだが、人物としては愛の人であったことを多くの人は知らない。その神学的な反対者たちでさえ、彼の誠実で勤勉で親切な人柄を攻撃することはできなかったという。

スウェーデンボルグの思想は特に後世の文学者たち(コールリッジ、ブラウニング夫妻、イェイツ、エマーソン、ヘレンケラー、リンカーン、バルザック、ボードレール、ドストエフスキーなど)を中心に大きく影響を及ぼしている。現在スウェーデンボルグ研究の中心地はアメリカであり、1850年設立のスウェーデンボルグ財団(Swedenborg Foundation)という非営利団体(1993年にニューヨークからペンシルベニア州ウェストチェスターに移転)やその他の有力な研究機関がある。ロンドンではスウェーデンボルグ協会(Swedenborg Society)が、ドイツではチューリヒのSwedenborg Verlagが著作を扱っている。

日本では、賀川豊彦や無教会主義の内村鑑三、さらに禅学の大家鈴木大拙がアメリカ留学中にスウェーデンボルグの思想に接し、影響を受けている。日本語訳はアルカナ出版と静思社が扱っている。(『スウェーデンボルグの思想』高橋和夫・講談社現代新書より要約)

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スウェーデンボルグの思想

スウェーデンボルグの宗教の本質は、その霊界訪問記などからイメージしがちな、おどろおどろしいオカルト的なものでも、神秘的なものでもなく、要約すれば「神を信頼し、善を行いなさい」という、ごくごく平明なものです。そしてその「善」とは、なにも貧しい人に全財産を譲るとか、命を捨てて人を助けるとかいう特別なものを指すのではなく、

「各人が従事する務めや仕事や職業において、正当かつ忠実に行動することである。なぜならこうした人の行うすべてのことは社会に役立ち、その役立ちこそが善だからである」。というものです。

フィンドホーンの神の「ガイダンス」も、「愛をこめて仕事を行いなさい」と繰り返し述べています。宗教的な生活とは、世を捨てて自己に閉じこもって特別な修行をしたり瞑想三昧の暮らしをすることではなく、それぞれの持ち場で心をこめて誠実に務めを果たし、人々に役立つこと、そして神を信頼して神の配剤に満足すること(自分の置かれている状況に満足すること)だということです。

ここには人間が本来持つ常識的な良心や倫理観が認めるところの道徳があるのみです。人間は神を信頼し、その導きに自分をゆだね、自己愛を捨てて隣人愛に生きてこそ、真の喜びを味わうことができるように作られているゆえ、そのような心になること自体が天国であり、そうやって生きることで心の中に確固たる平安と幸福が実現する、という思想です。

スウェーデンボルグの膨大な著書からその広大で深い思想をまとめることは難しいのですが、以下にパンプキンの視点から切り取った、スウェーデンボルグの思想のポイントをまとめてみます。(かなりはしょりました、笑)

1.聖書の聖言は神の言葉であり、深い意味が隠されている

昔から聖書の記述は文面どおりの意味しかないものと思われ、中世では教会の権威で科学的な発見をその枠に押し込めようとしてきました。そして進化論など科学が進歩し、教会の権威が失墜すると、それに伴って聖書の威信も揺らぎ初めています。ところがスウェーデンボルグは、聖書とは神のことばであり、その内容は始めから微細な点にいたるまで、「人間の生き方に関わる知識をえるため」のものであるとして、その膨大な著書の中で、主や主の天界、教会、信仰に関わる首尾一貫したシンボリズムを用いて聖書解釈をしています。

たとえば有名な天地創造神話についても、これは神による宇宙や人類の創造の話というだけではなく、「新生の心理学」(人間の精神が成長して新しく生まれ変わる過程)という明確な宗教的意図によって書かれたものだとしています。

★スウェーデンボルグのシンボリズムについては、http://swedenborg.web.infoseek.co.jp/keyword.htmの解説を参照してください。

2.神は無限の愛と知恵そのものである

スウェーデンボルグの神は、ギリシャ神話のように人間的な欠点も持った擬人的な神ではなく、また人格をもたず、私たち人間には全く関与しない理神論的な神でもありません。それは「無限の愛と知恵そのもの(愛と知恵の根元)」だという考えです。

自然界に喩えるなら、太陽が神で、生物が人間です。生物としての人間は自分自身からエネルギーを生み出す根元の存在ではありません。食べ物という形に姿を変えた太陽エネルギーを受けて生きる、エネルギーの受容体なのです。それと同じように精神面(魂の面)でも、人間は知らないうちに愛と知恵の流入を神(霊界の太陽に喩えられる)から受けているのであって、人間に愛と知恵を注ぐ源が神である、というのが彼の神観です。

これは「絶えず祈りなさい」というフィンドホーンのガイダンス、アンドリュー・マーレーの「神を待ち望め」という思想、すべてにおいて、まず神に求めようとするマリア姉妹会の信仰の姿勢と同じです。人間に愛と知恵を供給し続けるのが神であり、祈りによってその補給を受けないと人間は枯渇してくるというのです。

この「愛と知恵の根元の神」というポイントは非常に重要です。なぜなら、ともすれば、神は暴君であって、優しい人間の愛にも劣る程度の愛しかもっていないようなイメージを持ち、宗教に恐怖や不自由な要素を感じる者も少なくないからです。スウェーデンボルグの神は人間に対して怒ったり、罰したり、殺したり、いけにえを求めたり、というようなことはしません。聖書からそう読み取るのは聖書の字面だけを見ているからだということです。優しい人間の優しさは、神が起源なのであり、神は、この世でもっとも優しい母親よりも愛情深い方ということになります。従って、彼の神学には、刑罰や地獄への恐怖による宗教への服従という要素が見られません。

3.人間は天界と地獄からの流入を受ける受容体であり、両者の均衡によって自由である

上のような神観から、人間は神の愛と知恵を受ける受容体ということになります。しかし人間には愛と知恵の反対の、自己愛と誤謬も同じように流入してくるといいます。というのは、一方的によいものだけを受けるだけの存在なら、おとなしい動物やロボットと変わりないからで、両者が同じように流入し、均衡が保たれることで、人間には自由意志があり、自分自身から何がよいことかを考え、選択して行うことができるというのです。

すなわち、どんな聖人君主にも悪い考えが入ってくるし、どんな悪人にも良心の働きがあるということです。どちらか一方が100%支配してしまったら、人間は人間ではなくなってしまうからです。ただ、どちらを欲し、それを行うかは人間の自由意志に任されおり、行ったぶんがその人のものになります。悪ばかり欲している人はそれがだんだん習性となっていき、心の深層部にまで食い込んでゆくといいます。

この考えは私には重要です。というのは、自分に怒りとか憎しみとか孤独とかいう否定的な思いが沸いてきても、その感情に飲み込まれて一体化する必要はなく、「悪い思いは単なる流入であって、人間はその思いがよいか悪いかを判断し、退けることができる」ということになるからです。

もし自分を苦しめるこうした思いが「敵」―すなわち自分自身をたぶらかす外からの力であると思えば、どんなに自由になれることでしょうか。

蛇足ですが、前世の記憶や多重人格や分裂症の人の聞く「声」、さらに天才のインスピレーションやサヴァン(いわゆる知恵遅れの人の示す特別な才能)なども、スウェーデンボルグの言う霊界の人間との交流という観点から説明できるのではないかとパンプキンはにらんでおります。(笑)

4.悔い改めと再生

これはスウェーデンボルグが信仰者がなすべきことの中心として挙げているもので、信仰生活の上では非常に重要です。つまり人間は、生まれたままの自己中心的な精神状態から、その生涯のいろいろなことを通して学び、人格的な向上をするためにこの世に生まれてきたのだということです。(フィンドホーンでいう「学び」)そして具体的に信者は何をすればよいかというと、自分のその日の行動や心の思いを振り返って点検し、十戒や自分の宗教の教えに照らして反省します。悪いところを見つけたら神に向かって告白し、その罪からの解放を祈り求めます。そして、実際にその罪(悪行や悪い思い)から解放されることが罪の許しです。こうして具体的な罪を認めて実際にそこから足を洗うことで、神によって少しずつその精神が育てられてゆくのです。これが「再生」です。

この「再生」をするには、上に述べた自由意志が不可欠です。スウェーデンボルグにとって罪とは、実際の行いや心の思いの悪いところを指すのであって、アダムなど先祖が犯した罪によって裁かれたり、また誰かが身代わりになって罰を受けることで帳消しになったり、という種類のものではありません。そもそも、罪とは負って苦しむべきものではなく、取り除かれて解放されるべきものなのです。

5.高い倫理性

スウェーデンボルグの倫理性の高さは、私が価値を感じていることのひとつです。

その例としてひとつには、表に現れる行動ではなく、心の思い(動機)が重要である、というものがあります。同じ善行をしていても、ひとりは役立ちたいという思いから、もうひとりは人によい人に思われたいから行うかもしれません。他人から見たら両者の評価は同じですが、神から見たら違います。あくまで心の思いの清さ、良心の清さということを重視します。だから、世間的には特に問題なく暮らしていても、悔い改める要素はいっぱい出てくるのです。

もうひとつ、「自己愛」に関する著述があります。

自己愛とは、自分だけによかれと願うことですが、その自分の中には、自分の子供や身内、自分を誉めるもの、自分を評価する人をも含みます。つまり、自分の身内や自分を誉めてくれる人は愛するけど、自分の仲間でない者や自分の考えに反対するもの、気に食わない考え方をする人を敵視するのは、隣人愛に背くことになるというのです。これは「あなたの敵を愛しなさい」という聖書の教えそのものですが、そういうのを守れている人は少ないわけで(笑)、私自身これを読んでかなりどきっとしました。これも悔い改めることがいっぱいです。(笑)

5.普遍宗教への道

スウェーデンボルグによれば、キリスト教徒だけが救われるのではありません。というより、キリスト教の洗礼を受けているかいないかは救われることと関係ないといいます。どの宗教の者であれ、悪を慎み善をなし愛に生きるのであればどんな民族も個人も心の中に天界が作られており、死後もその世界に永遠に生きるということです。つまりあらゆる宗教はひとつ、その根元は同一の神から来ているという思想で、ひとつの宗教にしか通用しない狭い教条主義や偏狭なドグマから解放された、普遍宗教としてのキリスト教が、そこにあります。

日本では最初に禅の鈴木大拙氏が紹介してから75年間に6種類の訳が出ています。それはキリスト教だけでなく天理教、神道、その他の宗派に及んでおり、いかにスウェーデンボルグの思想が宗派を超えた普遍的な内容であるかを物語っています。

6.ニューエイジとの共通点

スウェーデンボルグはニューエイジの先駆者とも言われていますが、ニューエイジとの一致点をあげると次のようなものになります。

@神、アラー・絶対者、など、なんと呼ばれるにせよ、根源的生命がひとつであること。

A普遍的なキリストないし仏陀が万人に内在すること。

Bホリスティックで有機的な観点。

C左脳的思考様式と右脳的思考様式のバランスー知性と心情の調和。

D諸聖典の秘儀的意味の解明。

E内なる信仰の力。

F自由意志と責任性の高揚。

G高次の自己(内なるキリスト)との連結。

H霊的な変容と成長。

I女性性の解放と直感的機能の回復。

J内なるキリストの再臨。

K死後の生ないし生命の存続。

L霊的存在者による援助。

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スウェーデンボルグ(上級編)に進む

パンプキンがスウェーデンボルグ派を選んだわけ(個人的な証))に進む

パンプキンの感想

少し前紹介したアーミッシュは、激しい迫害に遭ってアメリカに逃れてきました。宗教にまつわる歴史は血の歴史でもあります。宗教に限らず、人は自分とは違う考えのものを許せず、憎むという性質があるのかもしれません。キリスト教でも、「互いに愛し合いなさい」という言葉が載った同じ聖書から信仰しながら、異端とみると火あぶりにしたり、女性や子供を犠牲にしたりしてきた歴史があり、今なお一部では殺し合いが続いています。しかも彼らは自分では、神の味方をしていると思ってやっているのです。これが、多くの人が宗教を危険なものと考え、敬遠する理由のひとつになっていると思います。

こうした宗教の暗い面や、信仰の偏狭さや排他性に恐怖や不自由さや疑問を感じてきた人間ほど、スウェーデンボルグのよさが理解できるのではないでしょうか。

私自身、宗教には他では決して味わえない幸福感を感じながらも、一方では悩むことがありました。キリスト教でなければ救われないのか。学校の友達はみな無宗教で、しかも自己中心的な私なんかよりよっぽど思いやりのある人たちなのに・・・。さらに、地獄へ行くのが怖いからとか、天国に行くためとかいう報酬目当てで生きるのは不自由だし嫌だと感じることもあり、そういう疑問がどんどんふくらんで、「もうそんな足かせはいらない。私はフツーの人間でいい。フツーに、ひとりの人間として、自分の良心に従って生きるんだ。宗教なんかなくなっていい。」と、自由になる宣言を心の中でしたこともありました。

でもスウェーデンボルグを学び、少しずつ彼の神学の神髄を理解するようになるにつれ、私のわだかまりはことごとく解決されてゆきました。スウェーデンボルグの言ってることって、私のもともとある自然な良心と矛盾しないんです。そして知れば知るほど、自由を感じ、喜びが沸いてきました。天地を創造した神が、愛そのものであること。その目的はすべて、みなが幸せになることであること。考えてみれば素晴らしいことです。だってそうじゃない可能性だって考えられるんですよ。全宇宙を支配しているのが邪悪な力だったり(笑)私たちが正義という名のもとに裁かれる運命にあったり、また私たちはなんの目的もなくただ生まれてきてただ死んでいく宇宙の塵にすぎなかったり。そんなんじゃなくてよかった。(笑)スウェーデンボルグがキリストに命じられて私たちに語ったとされる現実は、想像できる限り一番素晴らしいものでした。

そしてやはり、宗教は私には必要なものでした。自分の弱さとか、心の思いの悪さを見つめる訓練をしてきた私には、フツーの人間になることでさえ、やっぱり神なしにはできないことが明らかだったからです。

また、高い倫理性で、良心を清く保つことを教えてくれるスウェーデンボルグの著作は私にとってなくてはならない教えになっています。

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スウェーデンボルグ関連図書

・スウェーデンボルグ研究

『スウェーデンボルグの思想』(高橋和夫著・講談社現代新書・650円)

著者は文化女子大文学部教授で、専門は哲学・宗教学です。スウェーデンボルグの著書は実際読むとけっこう難しいので(^^;こういう風に薄い本にまとめてある入門書は彼の思想の全貌を知る近道になるでしょう。

NEW『スウェーデンボルグ神学に学ぶ』(ジョージ・ドール著・大賀睦夫訳・日本スウェーデンボルグ協会発行・1600円)

スウェーデンボルグの著作は、日常生活に生かしてこを価値があるものです。そういう視点から見て良書だといわれる本。

『スヱデンボルグ』(鈴木大拙著・丙午出版社・1913年)

『スエデンボルグ伝及「基督論」』(金井為一郎著・新生堂・1935年)

『スエーデンボルグに啓示された死後の世界TU』(渋谷協著・神智と神愛社・1972年・1980年)

『スエデンボルグの生涯と思想』(柳瀬芳意著・静思社・1978年)

・邦訳の研究書

『スエデンボルグーその生涯・信仰・教説』(ジョージ・トロブリッジ著・柳瀬芳意訳・静思社・1970年)

『霊感者スウェデンボルグ』(ウィルソン・ヴァン・デュセン著・今井光一訳・日本教文社・1984年)

『転身期のスウェーデンボリ』(アルフレッド・アクトン著・高橋和夫訳・未来社・1987年)

『スウェデンボルグの超生理学』(ヒューゴ・L・オドナー著・高橋和夫訳・日本教文社・1988年)

『巨人・スウェデンボルグ伝』(サイン・トクスヴィグ著・今井光一訳・徳間書店・1988年)

ボリュームのある本で、スウェーデンボルグの生涯や考え方をさまざまなエピソードとともに綴っています。

『スウェーデンボルグの神秘的生涯』(高橋和夫訳・たま出版・1992年)

『スウェーデンボルグの創造的宇宙論』(高橋和夫訳・めるくま^る・1992年)

『エマヌエル・スウェーデンボルグー持続するヴィジョン』(ロビン・ラーセン編・高橋和夫監修・春秋社・1992年)

『スウェデンボルグの「霊界」』(ヒューゴ・L・オドナー著・今井光一訳・徳間書店・1993年)

『スウェーデンボルグの死後世界』(ブルース・ヘンダーソン著・鈴木泰之訳・たま出版・1994年)

洋書はきりがないんで割愛します。(笑)

・スウェーデンボルグ自身の著書

「静思社」と「アルカナ出版」から出ています。静思社は全部柳瀬芳意という人が訳していますが初版昭和30年くらいなので漢字の字体とか仮名づかいがちょっと古いのが難点。アルカナ出版の方はけっこう最近になって出されてきたもので、もっと読み易いものになっていますが、こちらはまだ全巻訳されているわけではありません。アルカナ出版の方はラテン語原典訳となっています。赤字はお薦め。一般の書店には置いてないと思うので(大学の図書館などにはあるでしょうが)直接申し込むのがよいと思います。最後に両出版社の住所を載せました。

<静思社>イマヌエル・スエデンボルグ著

  『宇宙間の諸地球』1500円

  『最後の審判とバビロンの滅亡』1500円

  『霊魂と身体の交流』300円

  『神の摂理』2500円

  『神の愛と知恵ー宇宙創造論』2500円

  『真の基督教(上・下)』各3000円

  『天界と地獄』2500円

  『新しいエルサレムとその天界の教義』2000円

  『白馬』300円

    黙示録第19章の「白馬」の霊的意義を克明に、また徹底的に解明したもの。

  『主イエスキリストーその人格と贖罪についてー』1500円

  『聖書』1000円

  聖言には自然的な、文字的な意義の他に霊的な意義と天的な意義とが含まれていることが説かれている。

  『生命』800円

  『信仰』500円

  『結婚愛』3500円

  『啓示による黙示録解説(上・下)』上4500円、下3000円

  「黙示録」の出来事は使徒ヨハネが霊眼を開かれて見た霊界の事実であり、その事実の意義を、著者も同じく霊眼を開かれて、主ご自身から解説した驚嘆すべき永遠の書。

  『新しい教会の教義の簡単な解説』1000円

  『天界の秘義1巻〜28巻』各3000円

  本書は創世記第1章〜出エジプト記第40章までの「霊的意義」を徹底的に解明したもの。・・「天地創造」、「エデンの園」「ノアの洪水」、「バベルの塔」、などの意義が初めて鮮明に解かれている。

  『最後の審判と霊界の諸相ー遺稿』1500円

  『新しい教会の教典ー遺稿』1500円

  『霊的生命、神の聖言』1500円

  『神、摂理、創造』1500円

  『真の基督教の増補』1500円

  『仁慈の教義』1500円

  『霊界日記1巻〜9巻』各3500円

  『黙示録講解1巻〜12巻』3500円

  黙示録の内意を懇切を極め、だれからも理解されるように解説した本。

  『神学論文集』1500円

  『アタナシウス信条について、その他』1000円

 <アルカナ出版> エマヌエル・スヴェーデンボルイ著

 『天界と地獄』2000円

 『真のキリスト教』上下各3000円

 『神の愛と知恵』2000円

 『神の摂理』2500円

 『結婚愛』3000円

 『新エルサレムと天界の教義』1000円

 『霊魂と肉体の交流』1000円

 『宇宙の諸天体』1200円

 静思社〒167−0021東京都杉並区井草5丁目6番12号/電話(3399)8573/振替口座 00190ー1−89157

 アルカナ出版〒771ー1402 徳島県板野郡吉野町西条字西大竹30ー2/電話0886ー96ー5417/FAX0886ー96ー5418/郵便振替 01610−1−7463

*郵便振替で申し込む場合、本の送料は別途必要です。

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